この記事からわかること
・ヨガの教えは、ミニマリズムと深く共通していて、どちらも「余計なものを手放して本質に向き合う」生き方を促している
・ミニマリズムはモノだけでなく、心や習慣、人間関係にも影響を与え、ヨガの実践と組み合わせることで、より豊かで内面的に整った暮らしが実現できる
“余計なものをそぎ落とす”思考

ヨガとの出会いは、体のメンテナンスをしたいと思ってジムに通った時に併設されていたヨガ教室を受けたことです。忙しい毎日を過ごしているけど、全く体を動かしていないことで体は硬く、思考も固くなっていた時でした。
ヨガ教室では、静かに呼吸を整え、目を閉じ、他のことは考えずに自分の内側に意識を向けるその時間は、意外にもスッキリしてなんとも言えない爽快感を感じたのを覚えています。
一方で、ミニマリズムという考え方に出会ったのは、一冊の本です。その本は「バックは3つあればいい」というなんともキャッチーなタイトルに惹かれて手に取ったのですが、イラストも多いその本を読み進めていたら、不要なものを手放したくなり、家に帰ってから私物を整理し始めました。
ヨガとミニマリズムは、どちらも「余計なものをそぎ落とす」行為です。
そしてその先には、モノや状況に左右されない“本質”があります。呼吸ひとつ、モノひとつを丁寧に見つめる時間が、どれほど豊かなのか。
ヨガとミニマリズムを通して、私は「シンプルなほど、本質がわかる」ということに気づきました。
両者は異なる考えだと思っていましたが、調べてみると、同じ真理を目指しているのかなと思ったので、その考えを紹介していきます。
ヨガの教えが示す“足るを知る”という哲学

ヨガには「サントーシャ」という教えがあります。
これは、“今ここにあるものに満足する”という意味のサンスクリット語です。現代社会では、常に「もっと(欲しい)」「まだ足りない」と求めることが当たり前になっていますが、ヨガの哲学はまったく逆の価値観を示してくれます。
ポーズをとるときも、できる・できないを競うのではなく、今の自分の状態をそのまま受け入れることが大切にされます。
無理に何かを足すのではなく、あるがままの自分に気づき、感謝する。ヨガを通してその考え方が少しずつ染み込んでくると、日常生活の中でも「今あるもので充分」と思えるようになりました。
それは、物欲や過剰な比較から自分を自由にしてくれる感覚でもあります。
ヨガは、身体を動かす以上に、心の中を“断捨離”するための時間でもあるのです。
ヤマ(Yama)— 他者との関係を整える「手放し」の実践
ヨガの教えでは、「心の安定と解放」を目指すための8つの段階的な実践方法(八支則)があります。
身体のポーズや呼吸法だけでなく、倫理観や瞑想、自己探求に至るまで、広い範囲をカバーしています。
その中の第1にある「ヤマ」という考えは、他人や社会との関わりにおける倫理的な行動規範です。
5つの項目からなり、「執着や過剰な欲望を手放す」という点で、ミニマリズムとの親和性が非常に高い内容です。
ヤマの教え | 意味と実践 | ミニマリズムとの接点 |
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アヒムサ(非暴力) | 自他に対して暴力的な言動・思考を控える | 自分に無理をさせず、余計な消費を減らす |
サティヤ(正直) | 嘘をつかず、誠実に生きる | 自分に正直に、必要なものだけを選ぶ |
アスティヤ(不盗) | 他人のものを盗まない、欲しがりすぎない | モノを持ちすぎず、足るを知る |
ブラフマチャリヤ(禁欲) | 無駄なエネルギー消費を避け、内面に集中する | 過剰な娯楽・刺激を減らし、心の余白を作る |
アパリグラハ(不貪) | 執着しない、持ちすぎない | モノや情報への依存を手放す |
ヤマの教えは、持ちすぎること・比較すること・無意識に消費することへの警鐘。
まさにミニマリズムの精神そのものです。
ニヤマ(Niyama)— 自分自身を整える「内面のミニマル化」
ニヤマは、自分自身に向けた内面的な習慣や態度を表します。ミニマリズムが「暮らしを通して心を整える」実践であるなら、ニヤマはその内面的なガイドラインともいえます。
二ヤマの教え | 意味と実践 | ミニマリズムとの接点 |
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シャウチャ(清浄) | 身体や環境、心を清らかに保つ | モノを整え、空間も心も清潔に保つ |
サントーシャ(知足) | 今あるものに満足し、感謝する | 持たない豊かさに気づく |
タパス(熱意・鍛錬) | 自己規律を持ち、継続的に努力する | 「買わない習慣」や「手放す習慣」を持続 |
スヴァディヤーヤ(学習) | 自己理解・内省・聖典の学び | ミニマリズムを通じた自分自身の再発見 |
イーシュワラ・プラニダーナ(信仰) | 高次の存在・自然に委ねる心 | 「自分でコントロールしすぎない」手放しの感覚 |
ニヤマは、暮らしの中に「清らかさ・満足・自己成長」を取り入れる習慣です。
先ほどのサントーシャは二ヤマに属する考え方のひとつです。
モノを減らす行動が、自然と心の質にも影響していくようになります。
ミニマリズムとヨガの共通点
ヨガとミニマリズムには、多くの共通点があります。
たとえば「今この瞬間に集中する」という姿勢。
ヨガでは、呼吸に意識を向けることで“今”に戻ってきますが、ミニマリズムもまた、自分にとって本当に必要なものを見極める“今の意識的な選択”の連続です。
また、どちらも「手放す」ことに価値を置いています。
ヨガでは、無理な期待や執着を手放すことで心が軽くなります。ミニマリズムでも、モノや情報、過剰な予定を手放すことで、暮らしがリズムが整っていきます。
面白いのは、部屋を整えていくと、自然と呼吸も深くなり、心も整っていくことです。
逆もまた然りで、ヨガで心身が整うと、不要なモノが自然と気になり始めます。
つまり、ヨガとミニマリズムはそれぞれが補完し合い、よりよい循環を生み出してくれるとも言えそうです。
ヨガ的視点で実践するミニマルライフ

ヨガ的な視点を取り入れることで、ミニマリズムはより豊かな実践になります。
たとえば、朝起きてすぐに5分だけでも呼吸を整える時間をつくることで、一日の流れが落ち着いたものになります。部屋に置くモノも「心が静かになるか?」を基準に選ぶと、自分にとっての心地よい空間がつくれます。
また、食事や衣類もヨガ的な考え方で見直すことができます。
無理なく体に合う食材を選び、肌触りのよい衣類を少しだけ持つ。そうすることで、選択に迷う時間も減り、自分にとって本当に必要なものだけに囲まれた暮らしができます。
ヨガとミニマリズムを通して学んだのは、「丁寧に選ぶ」ことの大切さでした。
ただモノを減らすのではなく、自分にとっての“心地よさ”に気づき、それを大切にする。
そんな考え方が、日常に深い呼吸と余白をもたらしてくれます。
まとめ
ヨガとミニマリズムは、どちらも「自分自身を見つめる」ための方法だと感じています。
モノを減らすこと、体を動かすこと、静かに呼吸すること。それらはすべて、外の世界に振り回されがちな私たちが、自分の内側に立ち戻るための道しるべです。
たくさんの情報、モノ、予定に囲まれて暮らしていると、本当に大切なものが見えなくなってしまいます。でも、ヨガやミニマリズムを通じて余白を取り戻すことで、心の中の「静けさ」に気づけるようになります。
この静けさこそが、現代の私たちにとって一番の豊かさなのかもしれません。
あなたにとっての「足る」は何ですか? どんな暮らしが、あなたを本当の意味で満たしてくれるのか。
ぜひ、ヨガとミニマリズムの視点から、自分の心と暮らしを見つめ直してみてください。